第弐拾壱話「護るべきもの」
「潤、急いでくれ!!」
真琴が倒れたという事で私は潤のバイクに乗せられ急いで帰宅する。舞踏会会場でのあの事件も気になるが、今はそれ所ではない。
「おい、祐一。その真琴っていうのは一体誰なんだ?」
「今はそんな事話して…いや……。潤、お前なら信じてくれるかもな…」
「信じる…。どういう事だ?」
私は潤に話した。真琴がもしかしたら7年前自分が拾った狐ではないかと。こんな話、普通は信じてもらえないだろう。だが、「蝦夷の力」を継承している潤ならひょっとして信じてくれるかもしれない。そう思い、私は潤に賭けてみた。
「成程…。で、仮にその真琴っていう奴が本当に狐だとしたら、今回のはちょとまずいかもな…」
「まずい…、どういう事だ…?」
「もしかしたら死ぬ前兆かもしれないって事だ」
「死ぬ…?馬鹿な事を言うな、真琴は今の今まで元気だった。調子が悪くなったのはついこの間の事だ!そんな筈ない!!」
「耐えれないんだよ。人間の生活リズムに」
「人間の…、生活リズム…?」
「いいか、祐一。今の俺等の生活リズムは分刻みに正確に動かなければならない位非自然的なものだ。自然界で自由気ままに生きてきた狐に、現代文明人の生活リズムに耐えれる筈ないんだよ!」
「何を根拠にそんな事を…」
「原始的な生活を営んでるブッシュマンという民族を現代文明に囲まれた環境の中で生活させると、その生活リズムの違いにストレスを感じるという話を聞いた事がある。同じ人間でさえそうなんだ、ましてや狐何かに…」
「そんな……」
私は真琴が不規則な生活をおくっていた事に嫌悪感を抱いていた。何てふしだらな生活なんだ、これが人間がおくる生活かと。それでバイトを始め、これで少しはまともな生活をおくるようになるだろう、そう思っていた。だが、全て間違いだった。良かったのだ、時間に囚われる事なく自由気ままに生きていて。文明人が編み出した非自然なリズムなんかに合わせる事なく…。そして気付いていた筈だ。真琴が間違いなく7年前自分が拾った狐である事に…。そう気付いていたなら、狐に人間と同じ生活がおくれない事位感覚で理解できた筈だ…。だが、全ては遅かった、遅過ぎた……。
「ありがとう、潤。家まで送ってもらって」
「ああ。ちゃんと面倒を見てやるんだぞ」
「ああ」
潤に別れを告げ、私は急いで家の中に駆けあがった。
「…それにしても、狐が人間に変身する話は古今東西あるが、狐が人間に変身するのには何のメリットもない…。自然界の弱肉強食の中で生きるものがそんな能力を身に付けている筈は…。まてよ…、もしかしたら……。だとしたら合点がいく、人間の言語を理解し、更には漫画まで読める事に…。そしてそうであったとしても、現代の生活に耐えられないのに違和感はない。その真琴は狐なんかじゃなく……」
「お帰りなさい、祐一さん…」
「秋子さん!真琴の容態は…」
「あまり良くありません…。高熱を出して、先程から祐一さんの名前を呼び続けています…」
「真琴!!」
私は靴を脱ぎ捨て、急いで階段を駆け上がる。認めたくない、認めたくないが、潤が言った通りかもしれない…。真琴はもう……。
「真琴大丈夫か!?」
「あう…、祐一、祐一…」
「真琴、俺はここだ、ここにいる!!」
真琴の部屋のドアを勢い良く開け、私は高熱を出し、意識が朦朧としている真琴を抱き締めた。
「このあったかさ…。祐一、祐一ね…」
「ああ、真琴、俺だ。俺が来たからにはもう大丈夫だ…」
大丈夫な筈はない。真琴の体に既に限界が来始めているなら私には手の施し様がない。今の私に出来るのは、こうして抱き締め側に居て、その苦しみを少しでも拭い去ってやる事位である。
「あう、ごめんね、ごめんね祐一…」
「何を謝る必要がある…。謝るのは寧ろ俺の方…」
「体壊しちゃって…。祐一の為にバイトして、お金貯めて、祐一を喜ばせてあげようと思っていたのに…」
「えっ…!?」
「祐一、お金に困っていたから…。だから…あう…、真琴が祐一の代わりにバイトして…あう、あう…、お金貯めてようと思っていたのに……」
知らなかった…。私は真琴は自分の欲しい漫画を買いたいが為にバイトをしているのだと、今の今まで思っていた。だが違った、真琴は全て金欠で悩んでいた私の為に……。
「真琴…、俺なんかの為にどうして…。自分の体に無理をきかせてまで、どうしてそんな事……」
「だって祐一は真琴のお父さんだから…。真琴の面倒を見てくれたから…。だから今度は真琴が恩返しをする番…。そう思っていた、そう思っていたのに……。あう…、ごめんね、ごめんね祐一……」
我を忘れ子供のように泣きじゃくる真琴。何て愚かな人間なんだ私は…。私は自分にそう自戒した。下らない人間の欲の為に今一つのかけがえのない命が失われようとしているのだ。こんなに純粋で無垢な命が…。
「真琴…、私はそんなに尊大な人間じゃないぞ…。取るに足らない程下らない人間だ…。そんな私の為に、命を燃やしてまで尽くす必要は…、ないだろ……!!」
家へ戻る前日、僕はお母さんとの約束通り、真琴を山に帰すことにした。
「さっ、ここでお別れだよ」
「あうーっ」
僕は真琴を放そうとした。でも、真琴は鳴きながら必死に僕の胸からはなれようとしなかった。
「だめだよ。真琴が離れたくないのは分かるよ。でも、僕はもう帰らなきゃいけないんだ…。それに、やっぱり野生の狐は自然で生きるべきだよ…。だから…、ごめん、ここでさよならしなきゃいけないんだ……」
「あうーっ、あうっー……」
僕は真琴を無理やり放して、急いで山を後にした。どこまでもこだまする真琴の鳴き声、それが聞こえなくなるまで僕の心は痛み続けた。つらいのは僕も同じだった。本当の家族のようにかわいがっていた真琴。少しの間だけど、僕は本当に真琴のお父さんになっていた。だから、真琴を手放すのは自分の子供と別れるようにつらかった……。
夢…。夢を見ていた…。真琴を山へ帰した時の夢を…。あの時は真琴は野性の生物、野に放すのは当然だと思っていた。だけど、それは自分勝手な考え方だと今更気が付いた。その時私は果たして真琴の気持ちを考えていただろうか?いや、考えていなかっただろう。真琴の気持ちを考えず、所詮は自分勝手な考えや概念で真琴を野に放したのだ。恐らく真琴にとって私に放されたのは、親に見捨てられたのと同じ気分だったのだろう。だからこそ私を許す事が出来なかった。そしてそれ程までに会いたかったからこそ、抱き締めてあげた時その願いが成就され、その後私に対する態度は一変し、素直で好意的になったのだろう…。
「祐一さん、祐一さん。朝ですよ」
「あっ、おはようございます、秋子さん」
秋子さんに声を掛けられ私は目を覚ます。どうやら真琴を抱いたまま一晩過ごしたようである。肝心の真琴の方はすやすや眠ったままだが、熱が引いた感はない。
「祐一さん、あれからずっと真琴ちゃんの側に居たのですか?」
「ええ。自分に出来る事はそれくらいしかないと思いまして…」
「ところで、今日、真琴ちゃんを病院に連れて行こうと思うのですか?」
「えっ?」
私は迷った。病院に行った所で真琴の熱が引くわけではない。ならば話すべきか?真琴が以前私が拾った狐である事を…。そして、真琴がもう助からない身である事を…。
「秋子さん…、実は……」
私は迷いに迷い、秋子さんに真琴の事情を話した。真琴がこういう状態になっては、真相を知っている人間が少しでもいた方がいいと思ったからである。
「……成程、そういえば昔祐一さんが拾ってきた狐の名前は『真琴』でしたわね…」
「信じてくれるのですか?」
「ええ。真琴ちゃんの祐一さんに対する親しみ方を見れば…」
「ありがとうございます」
「ところで、昨日佐祐理さんから今日の朝早めに学校に来てほしいと電話があったのですが」
「えっ!?佐祐理さんから…?」
「何でも祐一さんにお見せしたいものがあると…。真琴ちゃんは私が面倒を見てあげますので、祐一さんは心配しないで学校に行ってらっしゃい」
「分かりました。秋子さん、朝食の準備は整っていますね?」
「ええ」
「では、急いで朝食を取って学校に行く準備を整えます」
そう言い、私は真琴の部屋を後にした。
「…祐一さん、真琴ちゃんは狐ではないのですよ。恐らく真琴ちゃんは伝承にある……」
「おはようございます、祐一さん」
「おはようございます、佐祐理さん。私に見せたいものとは…」
「その前に、少し校長室にご同行願えないでしょうか?」
「校長室に…何故です?」
「それを見せるには校長の許可が必要だからです」 見るのに校長の許可が必要…。一体どんなものなのか、とにかく私は佐祐理さんに同行した。
「失礼します」
「おお、誰かと思えば倉田君か。昨日の件についてかね?」
「ええ。それに関して、30年前の詳細を記したあの日記を見せていただけないでしょうか?」
「ああ。構わない」
「それと同じものを雪子さんのご子息にも見せてよいでしょうか?」
「雪子君の子にか…。いいだろう、母が記したものを子が見る権利はある。持っていきなさい、書庫のあの本が厳重に管理されている棚の鍵だ」
「ありがとうございます。行きましょう祐一さん」
佐祐理さんに手招きされ、私は校長室を後にする。母さんの記した厳重な管理のされた日記。いったいそれはどういうものなのだろう…。
「ええっと…、これですね」
書庫に行き、錠のかかった棚から佐祐理さんが例の日記を取り出す。
「佐祐理さん、これはいったい…」
「祐一さんのお母さんが生徒会長時代に記したある日記です。佐祐理も中身は読んだ事ないですが、30年前起きたある事件について詳しく書かれた書物であるとの事です」
「30年前起きたある事件…」
「まずはその事に関してからお話しなくてはなりませんね…」
「それよりも、そんなに厳重に管理されいているものを私に見せても良いのですか?」
「祐一さんも昨日の事故の被害者です。ですから、少しでも事実を事実を知らせたくて…。本当は被害者だからといって、簡単に見せてはならないものなのですが、祐一さんには佐祐理の弟として共通の認識を持ってもらいたかったのです…」
「佐祐理さん…、應援團以外であらゆるこの学校の裏の事情を知っているのは自分だけ…。党首の娘ではあるけれど一般生徒には変わりない。その孤独感に耐えられなかったのですね…」
「ええ…」
「乗り掛かった船です。私はその知識を得る事に何の迷いもありません」
佐祐理さんの口から語られる、30年前の事件…。それは70年安保の波がこの学校に押し寄せていたある日、校舎新築の為に校内にあったある石碑を壊してしまった事から始まったのだそうだ…。
「……嘗てここは朝廷の蝦夷征伐の時、最後まで抵抗の意を示していた捕虜の蝦夷を処刑した場所だったのです。それで後世になり処刑された方々の魂を霊眠させる為石碑が建てられたのですが……」
「手違いで破壊してしまったと…」
「ええ。それで蘇り怨念と化した蝦夷の魂達を再び霊眠させる為、日人さん、春菊さん率いる当時の応援団が対処し、再び石碑を建てる事により解決したのですが……」
「何者かの手によってその石碑が再度破壊されたと…」
「ええ。それで当時具体的にどのように対処したのかを知る為、この日記を読んでいるのですが……。そ、そんな……」
「どうかしたのですか?」
「『蝦夷の魂達の力はあまりに強大で應援團は兄さんと日人さんを除いた他の團員は全治1ヶ月の重傷を負う。残った二人が満身創痍になりながら辛うじて撃退……』後に最強と謳われた当時の應援團がほぼ壊滅だなんて……」
落胆する佐祐理さんを見れば現状がどれだけ絶望的だか分かる。恐らく今の應援團では撃退はほぼ不可能とみていいのだろう。
「あれは……」
無言のまま私達は書庫を後にし、鍵を返す為校長室へ向かう。その途中校長室から出て来る久瀬を見かけた。
「…この恨み、いつか晴らす……」
意味不明な言葉を呟きながら久瀬は私達の後を過ぎ去った。
「失礼します。先程久瀬さんを見掛けたのですが、どうかしたのですか?」
「ああ、倉田君ちょうどいい所に戻ってきた。実は久瀬君が石碑を破壊したのを目撃したという情報があり、本人に問い詰めた所倉田君に口論で負けたのの腹いせに壊したと自白した」
「たったそれだけの理由で…先人達の苦労を一瞬で無に帰したのですか…!?」
「校内器物破損、及び事件当日舞踏会の主催者であったにも関わらずその場にいなかった職務怠慢の責任を問い、彼には停学処分を下した」
その話を聞き、つくづく久瀬は哀れな奴だと思った。己の私利私欲的な野望の為色々模索するがその殆どが失敗に終わり、最後は自分勝手な行動で自滅した。だが、その結末は志、大儀無き久瀬には相応しい結末だとも思った。
『失礼します』
そんな中、校長室に應援團と一成先生、睦先生が入ってくる。
「校長先生、これは一体…」
「これで面子は揃ったな。では今から対蝦夷の魂達に関する作戦会議を開始する」
私の投げ掛ける疑問に校長先生は平然と答えた。これから何が始まるかは分かる。だが、應援團の素性を知っているとはいえ、一介の生徒である私が関係していいものなのか。
…いや、私がこの会議に参加するのは予め決まっていたのだろう。佐祐理さんが母さんが記した日記を私に見せたのが、その何より証拠だろう。
「雪子さんが記した日記を拝見した所、現在の應援團の戦力では勝ち目は万に一つもありません。また、『命』の『蝦夷の力』を使える方がいない今、戦いにおいて死傷者が出る可能性も懸念されます。それらを考慮し、佐祐理は戦わないのが無難だと思います」
「『命』の『蝦夷の力』…」
「失われた『蝦夷の力』の一つだ。十数年前、その能力を持った応援團が電車に跳ねられ即死し、その能力が引き継がれなかったんだ。舞が似たような能力を使えるんだがな…」
と、睦先生が私の疑問に対して答えてくれた。
「今の應援團には應援團最強と謳われた「拳王」の日人さんと、「剣聖」の春菊先生に匹敵する者はいない…。また、『命』の『蝦夷の力』を使える者がいないから、治癒をしながら戦う事も出来ない…。これは確かに手厳しいな……」
「一成先生、詳しい状況説明有難うございます。我々に如何に勝ち目が無いかがよく分かりました。しかし、2度も眠りから覚まされた彼等に話し合いが通用するとは思えません。故に我々は戦うつもりです。この学校を護るのも我々應援團の使命ですから」
「そうか…。全員その考えに相違はないな…」
『はい!!』
校長先生の問い掛けに呼応し返答する應援團。勝ち目が無いのを承知で戦いに望む、果たして私にそんな事が出来るだろうか?そんな覚悟を持つ事が出来るのだろうか…?
「ではこれから起こる戦いをこの土地の名前とこの戦いが30年前の再現である事から、『第弐次龍ヶ丘會戰』と命名する」
「校長先生から作戦名を賜った。戦いは本日20時から開始する!全ては愛する我等が母校の明日の為に!!」
(…万に一つも勝ち目がない…か…)
家に帰った後、私は蒲団の中で物思いにふけっていた。
(潤達は、勝ち目が無くても戦うと言っていたが…)
果たして私は行くべきなのだろうか?これから戦場となる地へ、事実を知る一人として…。
『でも、その人達が朝廷と戦ったのは分かる気がするよ…』
『自分達の大切な場所を守る為、その為に蝦夷の人達は戦ったんだと思うよ…』
(…そうだったな…)
私は立ち上がり、戦場へ赴く決意をした。護るのに理由はいらない、たとえ勝ち目が無くとも…。
「ふぁ…祐一、これから何処かへ行くの?」
「ああ、ちょっと学校に忘れ物を取りにな…」
部屋を出たら風呂上がりで眠たそうな名雪に出くわした。戦いに行く…、とはとても言えないので私は話をはぐらかした。
「…嘘だよ…」
「いや本当だ」
「…だって祐一の目、お父さんが家を出ていった時の目と同じだもの…」
「その時の事、覚えているのか?」
「ううん、よく覚えていないけど…、あの時のお父さんの死を悟ったような目は今でも忘れられない…」
「心配するな…。俺を信用しろ」
恐らく戻ってくる可能性はほぼ無いだろう。だが、名雪を心配させたくがない為に、私は敢えて強がった発言をする。
「分かった…、信じるよ…。でも気を付けて行ってね、必ず帰って来るんだよ…」
「ああ…」
最後まで心配する名雪に別れを告げ、私は1階へ向かう。
(…そうだな…。あいつにも別れの挨拶をしておくか…)
そう思い、私は真琴の部屋に行く。自分を父親と慕っている真琴。また自分勝手の都合で真琴の前から消えるかもしれない、そう思うと別れの挨拶をせずにはいられなかった。
部屋に入ると真琴は多少熱っぽさがあるがすやすやと眠りに付いていた。しかしその静かさがよりいっそう真琴に死期が近づいている事を物語っている…。
「…真琴、ちょっと出掛けてくるからな…」
真琴に、後ずさろうとした。が、不意に真琴に袖を引っ張られる。
「祐一…、また真琴を一人にさせるの…、いあやだよぉう…、真琴を置いていかないで…」
真琴が起きた気配はない。恐らく野生の感で私の通常とは異なる死を覚悟した気配を感じ、本能的に寝言として言葉を放ったのだろう…。
「大丈夫だ…、必ず帰ってくるから…」
真琴のおでこに軽くキスをし、私は真琴の部屋を後にし、そのまま下へ降りた。
「あら祐一さん、これから何処かへ行くのですか?」
「ええ、ちょっと学校に忘れ物を取りに…」
「祐一さん、送ってあげますわ」
「いいですよ、忘れ物をしただけですし、歩いて行きます」
「でも外は荒れていますわよ?」
秋子さんにそう言われ、私は外を見る。いつの間に降り出したのか外は荒れ狂う猛吹雪だった。まるでこれから死地へ赴く私の門出を祝うが如く…。
「ありがとうございます」
学校まで送ってもらった秋子さんにお礼を言い、私は校門をくぐる。赤レンガ前のロータリーには既に應援團が集っており、今にも出陣する勢いだった。
「祐一さん…どうしてここに…!?」
應援團より手前に立っていた佐祐理さんが困惑の声で私に話し掛けてきた。
「そういう佐祐理さんこそどうして…」
「関係者として、せめて應援團を温かく見送ろうと思いまして…。祐一さん、参戦するおつもりで…?」
「ええ…」
「行ってはなりません!佐祐理が言った事を忘れたのですか?今の應援團でさえ生きて帰れる保証はないのですよ?ましてや何の力も持っていない祐一さんが…」
「大丈夫…、祐一は私が護るから…」
「ま、舞!?」
突然現れた舞に、私と佐祐理さんは同時に驚きの声を上げる。
「…この学校は私にとって大切な場所だから…。たとえ相手が魔物より強大でも私は戦う…」
「舞…そう言えば約束したな。一緒に魔物を倒そうって…、もっともこれから戦う相手は魔物じゃないけどな…」
「うん…。だから佐祐理、心配しないで、祐一は私にとっても大切な人だから…。必ず護ってみせるから…」
「…分かりました、そこまで言うのなら佐祐理はもう止めません。ですが、これだけは約束して下さい…。必ず、必ず帰ってきて下さい…」
「ああ…」
「約束する…」
佐祐理さんと約束を交わし、私達は應援團に合流する。
「祐一!?どうしてここへ…?」
「潤、友であるお前だけを戦場に行かせる訳には行かないと思ってな…」
「舞!来てくれたのか?」
と舞に声を掛ける睦先生。どうやらメンバーは應援團だけではなく、他に一成先生の姿も見えた。
「この学校は私にとって大切な場所だから…」
「二人とも良い心掛けだ!ではこれより戦場へ赴く者達に、元應援團として私と睦先生が壮行歌を歌う!」
『はいっ!』
奘行歌
1・
あヽみちのくに名のき 大鐘の土踏みしめて 鍛えし腕(かいな)の鳴りを いざ試さんや今ここに
2・
大鐘の丘血に燃えて 門出の君に捧ぐるは 我らが胸に描きたる 夢の象徴雪の旗
3・
二重の線に雲の湧き 雄叫びく天をつく 進め我らが若人よ 九百の魂(たま)を焦がすまで
4・
奥羽の峰を睥睨(へいげい)し 北上の流れかへりみて 出でよ勝利の街道に 學舎の夢抱きつヽ
「よし行くぞ!出陣!!」
團長の掛声により今なお降り続ける雪の中、我等は戦場へと赴く。勝利の可能性は万に一つなく銀色の雪景色を鮮血に染める事となろう。だが、私は恐れない、護るべきものを護る為―。そして私は必ず帰って来る、生きて帰るという約束を果たす為―。
「しかしあまり気分の良いものではないですね、自分の教え子を戦場に赴かせるのは…」
「だが、我々が行った所で何の戦力にもならない…」
「それは分かっています…。しかし舞はともかく祐一君は何の能力も持っていない…。その彼を向かわせるのは…」
「ああ…、だが祐一は春菊先生と同じ血を継ぐ者だ…。もしこの戦いに勝利を見出すとすれば…」
「そうですね…。絶望の中に奇蹟を求めるには、祐一君の可能性に賭けるしか…」
(…舞、祐一さん…。必ず帰ってきて下さい…。もう一弥(かずや)の…、あゆちゃんの二の舞だけは……)
…第弐拾壱話完
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